家庭、地域のゆとり

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先日、中学校の生活指導の先生による記事が新聞に掲載されていた。
その内容は、最近特に見かける公園やコンビニの駐車場に座り込んでたむろする生徒に対して、彼らは一人の時は素直なのに、集団になると顔つきまで変わり、教師の注意をまともに受けいれようともしない。
以前から、問題行動が多い生徒ほど、寂しさや不安を秘め、お互い傷をなめ合うために群れたがる傾向が強かった。
かつては、それを受け入れるゆとりのようなものが、地域や家庭にはあった。
学校に苦情の電話をかける前に直接注意する"口うるさいおじさんやおばさん"がいた。
家庭でも「外で迷惑をかけるなら、いっそ家に仲間を呼んですごすように」と言う親が多かった。
しかし今では「家で仲間とダラダラ過ごすなら、外にいてほしい」、「できることならあまりかかわりたくない」と考える親が増えてきた。社会が豊かになるにつれ、人間関係が希薄になったと言われるが、それが子供の周りにまで及んでいる。
彼らが社会とのかかわりを拒否しているというより、彼らを取り巻く社会の方が拒否しているのではないかと感じている。

残念なことにこのような現象はどうやら新聞記事の中だけではなく、私たちの周りにも現実として及んできている。
どんなことがあろうとも最小限、自分の子供には目を見張り、"よそ様に迷惑をかけてはいけない"と教育すべきことが親の義務ではないでしょうか。
もしかしたら"よそ様に迷惑をかけてはいけない"ということすらも死語になっていないだろうかと不安になる。
厳しい世の中で親が必死なのは分かる。ただ何のために必死になっているのかを考えてほしい。自分の家族、子供たちのためではないでしょうか。
ぜひとも子供たちの将来と、子供たちが暮らしていく地域、環境のことを真剣に考えてほしいものです。

前記の生活指導の先生は記事の中で以下のように締めくくっている。
これからも「店の前に学生が集まっているので、すぐ来てください」という連絡には誠意をもって対応し、彼らのメッセージを正面から受け止めよう。おそらくは「別に悪いことはしてねえよ。うぜーな」と言われるだろうけれど。と

まだ、捨てたものでもないですね、世の中。アッパレ、先生!!

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このページは、管理者が2008年2月27日 12:52に書いたブログ記事です。

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